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高坂 昌信 こうさか まさのぶ (1527-1578) 弾正忠

高坂昌信
武田二十四将の一人・武田四名臣の一人
春日源助、源五郎、虎綱
幼少より信玄の近習として仕え、寵童だったともいわれる。
合戦での用兵術は武田軍随一と評され「逃げ弾正」と戦巧者をうたわれた。
また、武田史料として知られる「甲陽軍鑑」の原著者と伝えられている。
信州小諸城代を始め、北の最前線である北信濃海津城主となり、
常に上杉家への備えとして大役を務める一方、
北信濃の経営もこなし武勇のみならず内政の手腕をも発揮している。
「長篠の合戦」の際も上杉家に備え兵8000を率いて信州に滞陣。
大敗した武田軍を迎えて、新しい衣服・武具に着替えさせるなど細かい配慮を見せる。
その3年後の1578年、52歳で病死する。